幕間 〜こちらさんのお宅では
今年の夏も、またぞろ結構な猛暑になりそうで。こちらも本格的に大雨の降った梅雨が、いつまでも居座っての長っ尻だった分、急な真夏日の到来は、その格差のせいもあって、大人たちにはなかなかに堪える代物で。
『昔の年寄りたちはもっと丈夫だったはずなのにと思えば、私も今時の人間なんでしょうかね。』
お年の割には十分にお元気な方ですようのツタさんも、ここ数年の猛暑の威力には、実のところ…いちいち“よしっ”と気を引き締めないとと思うことがあるほどだそうで。体力のないことと、自分をそんな風に卑下してしまわれる慎み深い“お母さん”へは、
『今時の暑さもまた、昔のとは質が違うからですよ。』
エアコンの室外機がばらまく温風だとか、アスファルトで蓋をされた道とか、こんなにもなかったでしょうからねとゾロが言い、
『ツタさんくらい働き者な人っていないよぉ。』
ルフィが“ごろごろにゃんvv”と甘えかかり、
『いにゃいよぅvv』
海カイくんまでが加勢をする、何とも微笑ましいご一家だったりするのですが。(苦笑)
――― それにつけても…今年も暑くて。
「やっぱりこういう夏は海の方が流行るのかなぁ。」
それとも、単にお外に出るのを憚ってのことなのか。親類筋のお子様たちが夏休みだからと遊びに来るお家が、ちょっぴり減ったかなと思わせるよな静けさを見せている、今年のここいらの夏だったりするのだが。
「ただ単に、昼日中は外に出て来ないってだけだと思うぜ?」
サンデー毎日なお家で唯一、夏休みモードになってる御仁。隣り町のスポーツ・ジムにてこなしておいでのアルバイト、インストラクターのお仕事の方が、夏休み特別メニューを捌かねばならなくなったお陰様、微妙に忙しい身になっているゾロパパが言うには、
「ほれ、週末の花火大会があるだろが。」
「あ、うんvv」
あれって何だかワクワクするんだよねぇvv にっこにこ笑顔になった奥方へ、
「どう見てもここいらから出て来てますってコースで、行き来してるって顔触れが絶えないからな。」
観光地である隣り町側にほど近い河原で催されている打ち上げ花火。お仕事からの帰途につくゾロパパの車と、ちょうどすれ違う格好で、この町から出向くクチらしき浴衣姿の見物客を、毎週末見かけているそうなので、
「そっかぁ。陽のあるうちは家にいるか、プールや何やへでも出掛けてるのかもね。」
何だか勝手が違うみたいで変だなって思ってたの。でも、種明かしされたなら一安心。
「これでまた、伸び伸びとお散歩が出来るってもんだよな。」
えへへぇと嬉しそうに、感慨深げな言いようをする奥方へ、
「何、言ってる。」
あんまりそういうの、気にも留めないマイペースさんなクセしてよと、こちらさんはニヤニヤ笑ったご亭主で。
――― あっ、言ったな〜っ。
あ、こらこら。急にぶら下がるんじゃねぇって。
何だよ、ザル一杯のおじゃがや とうもころしよりは軽いぞ。
だから。せっかくの収穫を落としたらどうする。
ゾロがそんなか弱い筈ないじゃんか♪
これもツタさんからのご指導を受けての、最近のご夫婦の趣味の一端。お屋敷の南側の空き地を、昨年の冬前から少しだけ開墾し、小さいながらも家族のおやつの材料くらいは収穫出来そうな、小さな“何でも畑”を運営中。
「…何でも畑? 家庭菜園って言わないか?」
「何でも穫れるから“何でも畑”だ。」
春先のアスパラガスは勝手に生えてたものだから除外して。サヤインゲンからキュウリにトマト、ピーマンもナスもたっぷり穫れたし、今はおじゃがと とうもろこしが、毎日一抱えも穫れてたり。それをご亭主が大きめのザルに載せ、土をふるいにかけたそのまま、ご自宅までを持って帰ろうとしていた道すがら。そんなこんなとお喋りしながら、碧の天蓋の下、お散歩道をてことこと帰る。朝一番の収穫はキュウリやトマト。こちらもホントを言えば、朝採りの方が美味しいのだろうけれど。
『とーもろこしを自分で バキッてもぎたい〜〜〜っ』
と、いつも駄々こねしていた奥方のため。陽が昇ってしまってからでも、まま構わないかなということで、ある意味、イベント扱いの収穫になっているのが、こちらの2品。これは俺のと一番大きいのを手に、先っぽからはみ出したおひげを振り振り、それはそれはご機嫌さんの奥方が、
「お芋と言えば、ほら、あのサンジェストさん。」
先日のパーティーでは、あっと言う間に揚げたてポテトチップスを作ってくれて。
「あの後、ツタさんと二人、頑張って挑戦してみたんだけどサ。」
どんなに よ〜くお水を切っても、なかなかカラッてパリッて揚がり切らないの。
「やっぱり物凄〜く薄く切らなきゃダメなんだろねって。」
滅多になかった御馳走だったからか、尚のこと美味しかったの、また食べたくてと“てへへvv”なんて笑う奥方の、照れ隠し半分、稚い笑顔の何とも愛らしいことか。
「………。////////」
「ゾ〜ロ。よそ見してたら転んじゃうよ?」
ごちゃごちゃとじゃれ合いながら、母屋の方へと戻って来れば、
「ありゃりゃ? カイ、お昼寝から起きたな。」
お耳のいいルフィママが、まずは素早く気がついて。お家の周りを近道のぐるりん、ポーチまでを急いでみれば、
「にゃ〜っ。」
お昼ご飯の後、うとうとし始めたところを寝かしつけてた坊やが起き出して、何やら愚図ってツタさんの手を煩わせている模様。
「やーの、お出掛け、しゅるの〜。」
「いけません。まだお昼の、一番暑い盛りです。」
幼い子供が相手でも、丁寧な物言いをするのが、ツタさんのお育ちのよさをさりげなく偲ばせて。それでも容易く折れはしません、ダメなものはダメですよと、頑張っておいでだったところへと、
「こ〜ら。カイ。」
何を駄々こねしてツタさんを困らせてるかなと、リビングの大窓からひょこりとお顔を出したママへ、
「ちゃーっちゃっ!」
じたじた抵抗していたそのまんま、ちょんちょこりんと寸の詰まった手足を振り振り、開口一番“いやーっ”とか“嫌いーっ”の最大級を浴びせかけて下さった坊やだったもんだから、
「おお、いきなりそう来るかね。」
こやつは〜〜〜っと、こちらもあっさり頬を膨らました、何とも判りやすいルフィお母さんの。ぽさぽさの髪が載ってる頭へ、落ち着きなさいと言う代わり、わさりと大きな手のひらを乗っけたゾロパパさん、
「カ・イ。どこへ出掛けるってんだ?」
これも自分できちんとかぶったものか、但し“ママの”麦ワラ帽子を頭に乗っけて、お外へゆくのと地団駄踏んでた小さな坊やへ、わざわざ訊いて差し上げれば、
「さーちゃ、にーちゃ。あーそぶの。」
「………あの兄ちゃんはいけません。」
「ゾロ…。」
通じてるのは凄いけど、いきなりそのお返事もなかろうと。今度はルフィが呆れていたり。
「さーちゃってのは、サンジェストさんのことなんでしょ?」
つい今さっき、自分たちも話題にしていた、夏休みだけのお友達の、そのまた親戚筋のお客様。先日のホームパーティーでは、美味しいお料理を次々披露する素晴らしい腕前を振るって下さったのみならず、小さなカイくんに懐かれたそのまま、そりゃあ優しく構いだてをして下さった。人見知りする坊やが懐いただけでも珍しいその上、どっちにあるかな?に始まって、ビスケットでの積み木崩しや、なんと菜箸とお鍋だけでの綿あめ作り、子供が喜びそうな色々を繰り出して下さったお兄さん。そんなして遊んでもらったのがよほど嬉しかったのか、その翌日から早くも“遊びにいくの〜”と騒ぎ始めてたカイくんでもあり、
「ウチのお客様じゃあないからねぇ。」
天真爛漫さではカイくんに負けず劣らずのルフィでも、そこのところの聞き分けはさすがに出来る。出来るけど、じゃあどういう支障があって“ダメ”なのか。小さなカイへの説明までは、さすがにママには荷が重く。とはいえ、
「“あのお兄さんはいけません”はないでしょうが。」
「じゃあ、何て言やいいんだよ。」
じたじた暴れるのをとりあえずは封じんと、ひょいっと抱き上げて、広い懐ろで“よ〜しよし”と宥めて差し上げるお父様。む〜む〜と、いくら不満げに八つ当たりの拳を振り回されても、そんなかあいらしい攻撃なんてちっとも効きませんとの余裕を見せつつ。
「ほ〜ら、カイ。ブ〜ランコ。」
抱えたそのまま、遊具代わりに揺らしてあげれば。ちょっとくらいは宥められたか、お指を咥えて、それでも愚図るのはやめた坊やだったが、
“その代わりに、不貞腐れないでほしいんですけど。”
坊やのこうまでの熱烈な懐きようが、お父さんとしては面白くないらしく。これもまた、所謂“複雑な父親の心理”ってやつでしょか。
“いや、まさかBFが出来たって訳じゃなし。”
ウチの子と付き合いたくば、自分への話を通してから、まずは文通か交換日記から始めてもらおうか、っていう、アレでしょうか。(おいおい) ルフィに瓜二つという、それはそれは愛らしい坊や。日頃の溺愛っぷりを見るまでもなく、これがお嬢さんだったならきっと、年頃になったとて誰にもやるもんかと、がっつり守っての“箱入り娘”にしちゃうに違いなく。そういうお父さんになりそうなところを考慮して、カイくんは女の子じゃなくって良かったねぇなんて言ってたんですのにね。(苦笑)
「ぱ〜ぱ、さーちゃ・にーちゃ。仲よし ないとメンメよ?」
「そ、そうだよな〜。仲良くしないとメッだもんな〜。」
何をどこまで嗅ぎ取っているやら。小さなお手々でぺしぺしと胸元を叩かれながら、カイくん本人からまで何事か言われていては世話はなく。その粗削りながらも凛々しいところがクールでカッコいいと、ジムでは男女を問わずというノリで人気の精悍な風貌を、どこかふにゃりとゆるめたご亭主へ、こちらもこちらで“やれやれだよね”と、ツタさんとついついお顔を見合わせてしまったルフィママさん。何にもなくって穏やかな、至って静かな田舎町の夏休みの筈だけれど。育ち盛りさんの周辺では、昨日の続きの今日も明日も、それなり、色々と起きるものであるらしいです。
←BACK/TOP/NEXT→***
*何か、のんびり構え過ぎてるうちに、夏休みが終わってしまいましたね。
こちらの皆様とも、もうちょこっとお付き合いくださいませです。 |